2010年02月19日
やんばるの城 今帰仁城
首里城公園友の会が主催した史跡めぐり(今帰仁城)に参加してきました。
首里城とリンクして世界遺産に登録されています。
何度も尋ねた箇所ではありますが今回はふもとの湧泉(親川 エーガー)を起点として
ハンタ路を歩いて頂上のお城まで約800メートルを登ります。
明治27年「南島探検」の著者 笹森儀助(ささもりぎすけ)は このハンタ路を
「皆鏡石のような青色の大理石で、滑りやすく草履を履いていくのにが良い」と
書いてあるそうです。
源為朝が上陸した伝説もあり、謎多きやんばるの城ですが残念ながら400年前に島津に
攻められ廃城となりますが、当時をしのぶ神々が同居したノロの世代の遺産が随所に見られます。

離散し廃墟となってしまった上に大戦でさらに焼かれ資料が残ってないようです。
今も多くの方が復元にむけて日々努力されていて、発掘もあちらこちらで掘り出しています。
昔の栄華をしのぶにはあまりにも遺物が少なく、
むしろカンボジアあたりのジャングルに眠る遺跡を想像してしまいます。


おさない桜の木だけが春よとばかり咲き誇って、暗いなかにも一点の明るさを呼び込んでくれています。
首里城とリンクして世界遺産に登録されています。
何度も尋ねた箇所ではありますが今回はふもとの湧泉(親川 エーガー)を起点として
ハンタ路を歩いて頂上のお城まで約800メートルを登ります。
明治27年「南島探検」の著者 笹森儀助(ささもりぎすけ)は このハンタ路を
「皆鏡石のような青色の大理石で、滑りやすく草履を履いていくのにが良い」と
書いてあるそうです。
源為朝が上陸した伝説もあり、謎多きやんばるの城ですが残念ながら400年前に島津に
攻められ廃城となりますが、当時をしのぶ神々が同居したノロの世代の遺産が随所に見られます。

離散し廃墟となってしまった上に大戦でさらに焼かれ資料が残ってないようです。
今も多くの方が復元にむけて日々努力されていて、発掘もあちらこちらで掘り出しています。
昔の栄華をしのぶにはあまりにも遺物が少なく、
むしろカンボジアあたりのジャングルに眠る遺跡を想像してしまいます。


おさない桜の木だけが春よとばかり咲き誇って、暗いなかにも一点の明るさを呼び込んでくれています。
Posted by グランパ at 15:10│Comments(0)
│暮らし生活