2023年03月22日
通信手段としての烽火 その6
前回 瀬底島からは座喜味城で中継して首里の弁が岳に伝達すると記述しましたので、
実際に座喜味城迄行って来ました。
あいにく曇り空で、目視では瀬底島は確認できませんでした。また、首里の弁が岳の
通信設備としての鉄塔も余りにも距離があるので正確には確認できませんでした。
実際に現場である座喜味城の城壁の上では火を焚くほどの広場は無くて城壁では
無理であろうと推察します。かと言って城郭の内部では相互の煙は確認できませんので
座喜味とあるだけで、座喜味城ではないのではなくて、近くに火を立てる場所が存在
したのではないでしょうか。
相互が確認出来る目視距離は慶良間渡嘉敷島から前島迄が約10Kで前島から具志
迄が約20Kです。
瀬底島から座喜味城までは約30K(キロメートル)もあり天候と時間帯に大きく左右される
距離ではないでしょうか。また、座喜味城から首里の弁が岳までは約20Kもありこれも
かなり厳しい条件となります。
筆者は北側の中継地として恩納村の岬、また、南側の中継地として浦添、もしくは宜野湾
の高台に烽火台が有れば全天候型の通信手段としての烽火が活用されたであろうと推察
しているところです。
近いうちに再度座喜味城へ赴き確認してまいります。
さて、調べ物をしているうちに県立図書館で具志村誌を見つけて、ページをめくっていますと
具志村の火立台の昔の写真と 当時の地形図を見つけましたのでここにUPします。


次回は南端、つまり太平洋側からの船を発見した場合の烽火について検討したいと思います。
実際に座喜味城迄行って来ました。
あいにく曇り空で、目視では瀬底島は確認できませんでした。また、首里の弁が岳の
通信設備としての鉄塔も余りにも距離があるので正確には確認できませんでした。
実際に現場である座喜味城の城壁の上では火を焚くほどの広場は無くて城壁では
無理であろうと推察します。かと言って城郭の内部では相互の煙は確認できませんので
座喜味とあるだけで、座喜味城ではないのではなくて、近くに火を立てる場所が存在
したのではないでしょうか。
相互が確認出来る目視距離は慶良間渡嘉敷島から前島迄が約10Kで前島から具志
迄が約20Kです。
瀬底島から座喜味城までは約30K(キロメートル)もあり天候と時間帯に大きく左右される
距離ではないでしょうか。また、座喜味城から首里の弁が岳までは約20Kもありこれも
かなり厳しい条件となります。
筆者は北側の中継地として恩納村の岬、また、南側の中継地として浦添、もしくは宜野湾
の高台に烽火台が有れば全天候型の通信手段としての烽火が活用されたであろうと推察
しているところです。
近いうちに再度座喜味城へ赴き確認してまいります。
さて、調べ物をしているうちに県立図書館で具志村誌を見つけて、ページをめくっていますと
具志村の火立台の昔の写真と 当時の地形図を見つけましたのでここにUPします。


次回は南端、つまり太平洋側からの船を発見した場合の烽火について検討したいと思います。
Posted by グランパ at 20:26│Comments(0)