2012年05月18日

エンジニア

お箸とホステスの手以外握ったことが無い手で久々にハンダゴテを握る。

昔、若かりし頃日本を代表する某メーカーでエレクトロニクスのエンジニアだったことを本人以外誰も信じ

てくれないガ-ン

そこでエレクトロニクスのパーツを買ってメモリーキーヤを組み立てることにした。

昨年、すでに組み上げた回路であるが、ある日突然作動しなくなった。びっくり!

部品をチェックするか、まるごと基板を換えるかの二者択一とあいなるのであるがグランパは後者を選ぶ事

にして同じパーツを買い求め組み上げることにした。

ここにブログ見てくださる方々はグランパがかつてアナログ回路のエンジニアであったことを信じてくださ

ることを期待して組みあがったメモリーキーヤーの写真をUP致します。



  

Posted by グランパ at 22:18Comments(0)TrackBack(0)アマチュア無線

2012年05月17日

渡嘉敷島

もう20数年経っただろうか?

子供たちにせがまれ5月の連休に島の頂上のログハウスに泊ったのは、一泊二日ではあったが私にとっては

精一杯の家庭サービスだった。

木から落ちて怪我をした息子はすでに3児のパパとなっている。

ああ、月日の経つのは実に早い!あれから島はどう変わったのか?わくわくしながら足は泊港へと急ぐ。

フェリーは先月就航したばかりのピカピカの船でした。



港をでて70分、 正面の三角岩を回りこむと目的地の渡嘉敷港です。



丘へ登る道、白い煙突、見覚えのある景色がやさしく待っていてくれました。

ホテルの車でとかしくビーチへチェックイン、梅雨空のなかに静かにくりかえすさざなみは昔の

ままの砂浜がそっくりそのまま残っていました。



翌朝はめずらしく昨日までの雨がうそのように晴れてくれました。

朝の砂浜は湖のように静まり返り、まるでしんきろうのごとく対岸の座間味島を写しています。



せっかく晴れたのだから峠の向こうの安波連ビーチまで行き島の景色をスケッチして参りました。

水彩画として近日中に仕上げますので乞うご期待!




  

Posted by グランパ at 22:22Comments(0)TrackBack(0)沖縄移住

2012年05月14日

第6回移動運用 in 宮城島

5月6日 うるま市宮城島での第6回移動運用は快晴の天気にめぐまれ無事終了いたしました。

午後からコンディションが回復し何とか目標の20局がクリアされました。

島の様子をここに写真で紹介するつもりでしたが、実は!カメラのメモリーがいっぱいとのエラーが出て

いてヒトコマずつ消去するつもりが全部消去をクリックしてしまいあわてて電源を切ったのですが後の祭

りで、島での画像はすべて消えてしまいました。ごめんなさい!ぐすん

幸いにもスケッチの方は現場で仕上げていましたので何とかここにUPする事ができました。

油性のピグマペンで描きましたので、鉛筆とちがい消しゴムで消して描き直すといううことが出来ません。

その分真剣に集中しなくてはいけませんが今回うまくいったような気がします。

宮城島を渡ってすぐの桃原漁港にあがったエンジンつきのマーラン船です。

最近では見かけることがありません。

実はベトナムにそっくりの船がメコン川で使われていました。

この絵でQSLカードを起し交信いただいた局に発送いたします。

15:18にフィリピンから応答があり(JI1FGX/DU9)びっくりしました。

沖縄からはフィリピンも東京もほぼ同じ同心円の中に位置するのです。

モービルの小さなアンテナでよく飛んでくれたものと喜んでいる次第です。

  

Posted by グランパ at 22:38Comments(0)TrackBack(0)アマチュア無線

2012年05月04日

今年のぐるくん

久しぶりに釣具店”太公望”の半日船釣りツアーに参加しました。

ピーカンの夏とちがって暑くなく寒くなく丁度いい海風がそっとふれてながれていくのです。

場所はチービシの南側、慶良間の前島がシルエットとなりその後ろに渡嘉敷島が重なります。

潮が止って思わしく有りません!船長は三度も場所を変えるのですがヒットしないのでした。

4度目は島の北側に回りこんだところで潮が動き出し今度は入れ食い状態ですが、残念ながら納竿の時間と

なってしまいました。

昨年は忙しくて海に出ることが適いませんでした。

久々にぐるくん達の澄んだ目にお目にかかることが出来ました。

この一番大きな青いぐるくんは、このあと私の胃袋の中で泳ぐ事になる運命なのであります。

  

Posted by グランパ at 19:04Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2012年04月23日

第五回移動運用 in  伊計島

前日紹介しましたグランパがつんだモズクに島にんにくを刻んでポンズでいただく!知人か

ら頂いた畑から捕り立ての枝豆いため!リウボウのイタリア展だ買ったブルーチー

!すべてがビールにぴったし!

したがって、いささか心地よいほろ酔い加減(方言ではさーふーふー)でこの記事を書いていますので少々

の誤字脱字は読者の寛大なる懐の深さと仏心にてをお許し下さるようお願いします。(合掌)

 さて、けして好ましくないアンチ好天の降りしきる雨の中、第五回移動運用の伊計島は無事終了致しまし

た。島のほぼ中央のタバコ畑の真ん中でモービルからのサービスです。

眼下に太平洋の白波がたって当日は雨天の為水平線が確認できないほどひとしきり降りまくりました。

写真調査のため立ち寄った時の写真です。



目標の20局との交信(21Mhz SSB)が終了した時点でスケッチポイントへ移動して描き出した

ところで、又スコールのような雨に見舞われました。

水彩画は調査のおり修めたデジカメ画像から起してみました。



既に交信して頂いた局から数枚ほどQSLカードが届いています。

上記水彩画からオリジナルQSLカードが出来ましたので、明日にでも発送いたします。



来月は宮城島、浜比嘉島を予定しています。うまくいけばその次は津堅島を計画しています。

全国のアマチュア無線局の局長さん!よろしくです!  

Posted by グランパ at 21:27Comments(1)TrackBack(0)アマチュア無線

2012年04月06日

潮騒の歌

昨日100均で買ったクマデで庭の雑草かきむしっていたら

急にもずくの事が頭をよぎった。

そうだ行かなくっちゃ!また来年こそとなってしまう。

たしか今日は大潮、新聞でたしかめると昼の0時が大干潮となる。年中で最も潮が引く季節

なのだ。

今なら間に合う、準備ももどかしく家を飛び出した。

空港への海底トンネルを抜けて瀬長島から豊見城バイパスをぬけ、開通したばかりの糸満バイパスを過ぎて

旧道と交わるところが北名城。30分弱でビーチに到着した。

すでに砂浜から沖合いに800メートルほど潮が引き、30人位は居たでしょうか、はるかかなたに

先客がしゃがんでもずくを取っていました。

北国ではまだ雪に埋もれているのにここのビーチはもずく取りでいっぱいでした。

一時間ほどでザルにいっぱいになり引き上げました。

浜に戻るまでの岩の中にタカセガイを拾いながら戻りました。

今晩のビールのつまみにするためです。




もずくはこのカゴの4倍ぐらい取れましたが撮影には一部だけわけてあります。

ポンズをかけていただきますが、取れたてですから醤油をすこし足した方がいいでしょう。

一部を味噌汁に入れてみますとナメコ汁のような食感で、これもおいしく頂きました。

タカセガイは塩茹でをして実を取り出し(苦労しました、巻貝ですから奥にひいて取り出すのがたいへんで

す ニッパーペンチでカラを割って取り出しました)

フライパンにバターをしき、ガーリックのスライスをいため香りが出たところで茹でたばかりのタカセガイ

をいため、ブラックペッパーをまぶして仕上がりです。

はじめてのグランパのビールのつまみとしての料理の挑戦でした。

出来立てをグラスのビールでカンパイ!

「...... .......... ...............................................................」

美味なること筆舌に尽くしがたし!四字熟語的な表現ですがうまく表現出来ませんので「  」の

部分は読者で想像して埋めながら読んでくだされば幸いです。  

Posted by グランパ at 21:32Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2012年04月05日

久々の移動運用 in 平安座島

昨年は弓道の選手兼監督を拝命して弓道三昧、無線まで手がまわりませんでした。

一昨年は瀬長島、奥武島、久高島と3島で止ったままです。

4回移動運用伊計島に決め自宅を朝8時半に出発して首尾良く海中道路にでたのですが、何と当日は

あやはしマラソンに遭遇してしまい交通規制により伊計島に渡ることができませんでした。

急遽平安座島に予定を変更して海中道路わきの公園の駐車場からオンエアーです。



大勢のマラソンランナーが駆け抜けるわきでCQの連呼となりました。

幸いにもコンディションに恵まれ21局と交信できました。

平安座島のスケッチからオリジナルQSLカードを発行いたします。

おりしもその日は中国からの黄砂が飛来して空は黄色く霞んでいました。






すでに6局からQSLカードが届いています。

近日中に発送いたしますので交信いただいた局は楽しみに待っていてください。
  

Posted by グランパ at 18:43Comments(0)TrackBack(0)アマチュア無線

2012年03月01日

マレーシア、シンガポールの旅 その7

限りなく赤道に近い国シンガポール

北緯2度ぐらいでしょうか!温度は35度C 湿度は高いが沖縄ほどジトジトしていない!T-シャツ、また

元祖かりゆしウエアで街中あふれています。


熱帯植物園に案内され、もしやとガイドさんに沖縄から持ってきた蘇木の英文による植物資料を提示して

探してもらったら、出発まぎわに園内にあることが判明!なんと植物園の片隅でしっかりと植え込まれて

いました。英語名はsappan wood といいます。ここで私のカメラにメモリーがいっぱいの

エラー表示が出て

撮影はかないませんでした。詳しくは梁氏呉江会のブログにUPされていますからそこをご

覧下さい。http://ryouujigokoukai.ti-da.net/


梁氏ブログからこの部分を拝借致します。




  銘板には「SAPAAN WOOD」と表示されていました。ギンネムの木に似た葉っぱの影が写っています。「歴代宝案」などの琉球の歴史書には「蘇木」と記され、「蘇芳」とも言い、今では「スオウ」として知られているようです。




  葉っぱはこんな形です。沖縄の野山に自生するギンネムに似ています。




  染料として用いる幹は鋭い棘を持っています。




  種子がぶら下がっています。葉はギンネムと似ても、種子は形が全く違います。手のひらにすっぽり収まるほどの大きさで、硬い殻の種子は枯れると黒茶色になり地面に落下します。






第二の目的である蘇木との対面は無事はたすことができました。

夜はナイトサファリ探索ツアー

マレーには虎もいれば象もいて、サイもいればカバもいる、狼、ハイエナがまじかに見えるスリリングなツ

アーです。カートに乗って移動しますが動物と人間の間に柵はなくどんな仕組みか帰国した今でも判らない

でいる。フラッシュ禁止でしたからカメラに納める事が出来ませんでした。



この後昼間に見たマーライオンに戻り遊覧船で夜景を楽しみました。

中央下の白いのがマーライオンです。







この後上海経由で那覇に戻りました。

上海は摂氏2度前後で飛行機のタラップを大急ぎで上ったものです。赤道からいきなり真冬に逆戻り!

那覇に着いた時なんと我が故郷の心地よい事か。那覇はその中間の20度あたりでしょうか。

無事帰った事に感謝し各自家路へと消えていった。  

Posted by グランパ at 15:13Comments(0)TrackBack(0)旅シリーズ(外国)

2012年02月28日

マレーシア、シンガポールの旅 その6

シンガポール

マレーシアの最南端ジョホールから海中道路を1キロほど走ると国境を越えてシンガポール
である。

瀬戸内海の対岸の島といった感じでいきなり入国手続きとなる。

ゲートで写真を撮ったら突然警官が現れて注意された。撮影禁止なのである!

マレーシアが鉱物の錫とココナツヤシが特産物で移動中見渡す限りヤシ農園だったのが、ここシンガポール

は狭い島に高層ビルが林立する大都会なのである。

マレー人は少なくほとんどが華僑による中国系で占め、国土は沖縄とさほど変わらない。

商業と貿易の国といったところか。ここでも、とてつもなく大きな商業ビルに感動する!


とりあえず市場にいってみる。ドリアンを食するためガイドに頼んで見つけてもらった。

・・・***???文字で表現するにはあまりにも不思議な味でした。



平和通りと同じ光景ですが売り子は20代のミニスカートをはいた着飾った子たちでした。



このあと天空のレストラン、 マリーナ・ベイ・サンズに向かいます。

地上52階のビルを3個つないで屋上にレストランとプールが有るのです!

屋上からの景色を紹介します。

今年花の博覧会開催予定の会場は真下に展開します。沖合いに待つタンカーの船団が見えるでしょうか?

これこそがアジアのハブ港湾なのです。







沖縄と同じ面積の島国です。マレーシアから分離独立してまだ40年そこそこの新しい国です。

沖縄は日本復帰してはや三十数年がたちますが、この国の繁栄に比べると残念ながら遅れています。

今、アジアは燃えています!沖縄ももう少し智恵をだしたいものですね~!!  

Posted by グランパ at 20:35Comments(0)TrackBack(0)旅シリーズ(外国)

2012年02月27日

マレーシア、シンガポールの旅 その5

交易時代のマラッカの港

マラッカ海峡から入り江を少し入ったところに港があったであろうと推測しますが、ガイドに聞きましたら
オランダ広場の前が昔の港の跡とのことでした。

団体ツアーですので迷惑にならない範囲で30分だけ時間をもらって大急ぎで水辺の写真を撮ってきました。

那覇の街がそうであるように、マラッカも500年の歳月の間に海岸線は埋め立てられていまして、今は河口の遊覧施設として観光用の遊覧フェリー乗り場になっていました。

入り江の対岸と河口を望んでの写真を撮りましたが、昔のハブ港としてのイメージとは程遠い光景です。

先ほど教会の近くの露天商から買った当時のスケッチ資料で昔を偲ぶしか有りませんでした。









マラッカはヨーロッパ諸国の植民地になってしまいましたが当時の賑わいと、要塞としてのマラッカに大きく変わっていきます。





シャム、マラッカを往来した500年前の先達は外国から攻められた時の小国の悲哀を日本よりいち早く情報として持ち、諸国とどう付き合っていくか知っていたものと推察いたします。  

Posted by グランパ at 19:04Comments(0)TrackBack(0)

2012年02月26日

マレーシア、シンガポールの旅 その5

琉球王朝とマラッカ国との交流

琉球国は察度年間にはすで明国と朝貢が始まり(1386年)読谷村の泰期を使者にたて馬120匹を進貢しています。1389年にはシャム国と交易も始まり積荷としてかさばる馬に代わって香木、蘇木、胡椒などに変わっていきますが、1570年代までに通算60隻にもおよぶ交易の実績が有ります。

しかし、1463年から1511年までの間はシャムとの交易は極端に減少し代わってマラッカとの交易が台頭するのです。マラッカの交易実績は20隻で琉球国のいわゆる大交易時代の2番目に実績の大きな国なのであります。

シャム国が勢力を広げアジアの政情が不安定になりつつある事にかんがみ、明国は鄭和の艦隊を送り朝貢を促します。

1405年マラッカの国王パラメスワラはタイのアユタヤ朝からの外圧を避けるために鄭和のすすめにより明国への朝貢を始めます。

その数年前に明国は琉球に閩人36姓を送り込んでいます。

したがって朝貢のため北京入りした琉球の使者達はマラッカの常連達と親しくなり、朝貢品目の蘇木がマラッカの特産品であることに着目してシャムからマラッカへ移行したものと筆者は推測いたします。

しかし、そのマラッカも1511年にポルトガルに占領されてしまいます。その後オランダに占領されやがて東インド会社の設立と時代はすすみますが、オランダはイギリスにその権利を譲ってしまいます。

琉球国はマラッカの占領直前に蘇木と胡椒の買い付けに派遣しますが、その時の通時として乗船した人が梁氏3世の梁傑である事が家譜に明記されているのです。

木の重さと同じ重さの金と交換するほど明国で重宝がられた蘇木といかなる植物なるか? また当時のマラッカの港は何処に有ったのか? 遠く琉球国から命がけで国王の勅書を持ってマラッカ国王に謁見した場所マラッカの王宮はどんな所だっただろうか?

かくしてその足跡を尋ねて我々シルバーエイトの旅は始まったのであります。

現地ガイドが案内してくれた王宮の跡地は小高い丘になっていて今は残骸だけが残る教会になっていました。




セント・ポール教会である。占領後のポルトガルが建立したもので入り口に建つ石像はかの有名なザビエルです。彼の遺体が一時安置されていた教会です。

イギリス時代に破壊され今ではポルトガル時代の砦としての砲門が残るだけです。



右端に砲門が有りますがお分かりでしょうか。

砦ですから岸壁の下は海だったはずですが今はすっかり埋め立てられて町の中のモニュメントとしてのひっそりと観光客をまっています。

かの王宮はその近くに再建され今はマラッカ文化博物館となっていますが今回は時間が無く立ち寄る事が適いませんでした。



つづく
  

Posted by グランパ at 18:20Comments(0)TrackBack(0)旅シリーズ(外国)

2012年02月25日

マレーシア、シンガポールの旅 その4

シルバー8とCVG

クアラアルンプールからマラッカへはジーゼルの機関車の旅となりました。



学生時代は東京まで3泊4日もかかったものです。そして九州を抜けるまではジーゼルだったことに話はは

ずみ、トンネルに入るとあの特有の匂いにタイムスリップした感じです。


さて我々はほぼリタイヤ世代であり8人そろってシルバー8と名乗りますに、この旅には5

人のお嬢さんが加わりました。そこぬけに明るく、色白で県外からの参加者かと思ったのですが、県内の高

校の同窓生とのことでした。自称CVG ( Chinenn Village Girls )なんと知念高校の同窓生でした。





2時間ほどでタンピン駅に到着、現在のマラッカの土を踏みしめるのですが、500年前の先達の足跡をは

たして見出す事ができるのでしょうか。




  

Posted by グランパ at 16:28Comments(0)TrackBack(0)旅シリーズ(外国)

2012年02月23日

マレーシア、シンガポールの旅 その3

夜のクアラルンプール

この国は九つの小国の集合国家でそれぞれに国王がいて5年に一度輪番で9人の国王の互選によりマレーシアの国王が選ばれる。

国王は直接政治には関わらず日本の天皇陛下と同じような国民の象徴として尊敬されている。

当然王宮があり儀仗兵が不動の姿勢で両方のゲートの中に立っています。



この国では石油が産出する。したがってガソリンが安い、日本の約半額にちかい、よって街には

エコカーや軽自動車は見当たらない。

ガソリンが安いから多分電気代も安い。消費税も無い。

おまけに冬がなく、雨季と乾季しかなく、地震もなければ台風もない!

よってビルは限りなく天空にそびえ、夜のイルミネーションは最早芸術の域といわざるを得ない。





イギリス植民地時代に建設された建物で現在は最高裁判所として利用されています。

約10秒間隔で5色に変化します。



451.9メートルの高さを誇るペトロナス・ツインタワー

あまり高すぎて地上階がカメラに納まりませんでした。


次回はいよいよマラッカ行きです! つづく
  

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2012年02月22日

マレーシア、シンガポールの旅 その2

朝のクアルンプール

出発までのわずかな時間でホテルの周りを散策。

朝から屋台が出ていました。なまずのような魚をぶつ切りにして油であげています。

カメラを向けると包丁をあげてポーズを取るおねーさん! カラフルですね~!



まもなく市場に向かいました。ガーブー川が氾濫した時代の那覇の市場とそっくりです!

匂いがきついことではありますが幼い時のあの時代はこんな環境で育ったものです。 



肉市場と同じ場所にあるのも同じです。

ここはイスラムの国、したがって豚は売りません。滞在中ほとんど肉料理が出ませんでした。
マレー系はイスラムであり豚肉を食しませんし、30%弱を占めるインド人は牛を食べません。

イスラムは酒も飲みませんのでスーパーではビールも限られた店でしか販売していませんでした。





牛の頭のかわりに豚の頭をおけば那覇の肉市場そのものです。

愛嬌のいいおにーちゃんがポーズを取ったがシャターチャンスがずれてしまった!

彼が握っている鉈とまな板もそっくりおなじ、那覇の豚足売り場と重なります。
  

Posted by グランパ at 09:29Comments(0)TrackBack(0)旅シリーズ(外国)

2012年02月21日

マレーシア、シンガポールの旅

アジアの夜明けはまぶしい!

カーテンを開けると目の前には旭に輝くビルが照り返していた。

空気は湿気を含み、あくまで重く、あまずっぱい香りのなか一日が始まろうとしている。

上海に降り立った時は3度位でしょうか冬の真っ只中の旅行を思い知ったのですが、ここは赤道直下に近い国、マレー半島のクアラルンプール!

よくもまあ!ここまで来たもんだ!

事の次第はひょんなことから展開した。最初は中国の桂林に行く予定でしたが、旅の直前に沖国大の田名教授による講座”「歴代宝案」を読み解く”を受講したのがきっかけなのであります。

その資料によりますと梁氏の梁復という方が中山王(尚巴志)の勅書をもってシャム国に蘇木と胡椒の買い付けに行っているのです。

さらに系図を調べてみますと3世梁傑は1511年にマラッカに買い付けに行っているのです。

そんなことから、一度マラッカに行って先達が買い付けた蘇木がどんなものか見てみようじゃないか。

と、まあ桂林の計画を南にふってマレーシア、シンガポールの旅が始まったのであります。






つづく
  

Posted by グランパ at 22:31Comments(0)TrackBack(0)旅シリーズ(外国)

2012年02月11日

1156歳のピクニック

かりゆしし長寿大学を昨年卒業した仲間達が歴史の講師の授業が面白く、卒業後先生を慕い、
週1回の歴史同好会で琉球歴史を学ぶサークルができました。

今日はその面々がそろってのピクニックとなりました。平均年齢が68歳ぐらいでしょうか?
17人揃いましたので合計1156歳のピクニックとなりました。

八重岳の桜はすでに葉桜となりましたが頂上のレーダーサイトの広場まで上ることが出来ました。

名護湾と東シナ海に浮かぶ伊江島が遠望できますが、かすかに霞み、写真では確認できません。



連日雨に見舞われていますがその日ばかりは晴れてくれました。

次は大宜味村の大石展望台です。

旧トモゼンホテルの北側で大国林道の近くです。塩屋大橋を渡ってから山路を上り詰めたところに、急に開

けたところがあり、ここは太平洋と東シナ海が同時に眺める事ができる絶好のポイントです。



入り口の桜です。



昼食後いよいよ比地大滝への挑戦です。

コースは整備されていて新緑に満たされ森林浴のなか、渓流沿いにトレッキングのスタートとなりました。






やんばるの森の中はきれいな花がジャングルの中からひょいと顔を出すのです。

可憐な花ですが名を知りません。

途中の岩肌もキャンパスの抽象画のごとく自然が描き出す不思議な光景です。





上り下りがかなり激しく決してなまやさしいコースではないのですが、

全員無事にたどり着く事ができました。



数年前この地に50号のキャンパスを持ち込み油絵を描いたのですが、自然はそのときと

少しも変わらず、私達を迎えてくれました。



かくして1156歳のピクニックは無事終了し那覇へ戻ってまいりました。  

Posted by グランパ at 19:04Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2012年01月30日

ひまわり祭り in 北中城

グランパには2週間ほどまえに3人目の孫が誕生しました!

退院まもない嫁に、まつわりつく上の二人の孫達を引き離す為、1日預かる事にしてドライブに連れ出しま

した。

北中城のひまわり祭り、いま満開です!

村の人たちが手ずくりの村起しです、ボランティアで笑顔いっぱいの人たちであふれていました。

てずくりアンダンスー、ターンムパイ、野菜のかきあげ、手書きの花鉢など、ついつい買ってしまいまし

た。ひまわりの畑の迷路、ひまわり畑展望台など、孫達はおおよろこびでした。





  

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2012年01月30日

南部史跡廻り

毎日薄暗い日が続いていますが、この日ばかりは晴れとは言い難いもののうす曇りの中、久しぶりに史跡の

探索となりました。

垣花樋川

湧水の流れる音につられ、クレソン畑を遡っていくと、垣花樋川は上流の開けたところに有りました。

夏にはさぞ涼しい箇所として親しまれているかと思います。 この年になって始めての訪問でした。

説明は写真の内容を読んでください。





左側の一段と高くなった(村の女性が水浴びをするため)イナグガーの水を飲んでみました。



玉城城址

ここは25年ぶり位でしょうか、以前と変わることなくひっそりと残っていました。

狭い石のアーチが特徴です。アマミキヨが築いた城として伝説が残っています。

アーチの向こうに見えるのは琉球ゴルフカントリーの最も長いPER5のロングです。

間もなく日本オープン女子が開催されるゴルフ場です。



糸数城址

昭和47年5月、日本復帰の時国指定の文化財となっています。

残念ながら首里城を中心とした一連の城址郡としての世界遺産には入っていません。

今なお発掘調査が展開されていますが、中はかなり広く、中城城や座喜味城よりも広く感じられました。

遠く東支那海に浮かぶ慶良間諸島や那覇の県庁舎まで見渡す事ができます。



琉球が三山統一される以前の地方の按司達が群雄割拠した時のつわものどもの夢のの跡なの

であります。  

Posted by グランパ at 19:24Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2012年01月23日

ウッシッシ

今年もやってきました!しかも、旧正月のおめでたい日に!

この日がくるのをどれだけ待ちわびた事か!

昼が15度最低13度、今年一番の冷え込みです!

年に3回ほどしかチャンスがないのであります。もう桜が咲いたとニュースの中、ここ南国には

もうこの寒さ?はラストチャンスかもしれません!

家庭内バーベキュウーセット、そう、火鉢の出番なのであります。

普段食卓として蓋をしていますがこのひばかりは本来の火鉢に戻ることが許される日なのです!

冷蔵庫にあるものであぶって食せる物はなんでもOKです。

それに泡盛もカンして飲むのもまた格別なのであります。

写真はかなり飲んでからのシャッターですから多少の手振れをお許し下さい。

  

Posted by グランパ at 21:55Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2011年12月25日

第5回象棋大会 その2

実は前回のブログでは私のカメラのメモリーがいっぱいになってしまって、肝心なところでの写真が撮れなくなっていました。

記録担当の方から写真を送ってもらいましたのでUPします。



福州から象棋セット150個の贈呈です。



各部門優勝の皆さんです。来年の抱負を語ってもらいました。



今回エントリーした皆さんです。

小学生の父兄の方、および見学の方々ははいっていません。実際はこの倍ぐらいの人数で賑いました。  

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