2010年01月18日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその8

象に乗ってきたゾーッ!!

私が住んでいる久米町は那覇市で最初の区画整理地区で当時はダンプカーがなく、
掘削した土石は荷馬車で運んでいました。

従って工事期間中は原野のなかで荷馬車が行き交い、あちらこちらで馬を見かけたものです。
ある日荷馬車から逃げた鞍のついた裸馬が迷い込んで町内にやってきました。

手綱は着いたままでしたので、一緒に遊んでやると喜んで付いてきました。
おとなしい馬なので我が家の窓のベランダから変わりばんこに馬の背に乗って
タテガミをつかんで乗り回していましたら、そのうち飼い主が探し当てて連れ帰ってしまいました。

あれから50年、タイで象に乗る事となりました。

乗り場は2階建ての高さほどベランダからカゴの中に座りますが地上からは3.5メートル
ほどあって、かなり見晴らしが利くものです。



象の頭は岩石のように大きくところどころに毛がはえていて、似たような頭に親近感をおぼえる。

カゴはかなりゆれます。 腰痛の私にはこたえるので腕で腰を浮かしながらのっています。

一緒に乗ったY氏は90キロ近くあるので、彼は背中のセンターよりに座り私は出きるだけ
端になるようにして象の負担がバランスが取れるように気をつかって座っています。



象も気を良くしたか、飼い主の命令を無視して勝手に川の水を飲みにいったりします。

アラビアのロレンスはらくだに乗って戦闘しますが、
ここシャム(昔はタイはシャムと呼ばれていた)では象に乗って戦車として
戦をしたらしい!



ゆったり歩くが歩幅が大きいので人が歩くより早い。

ときどき木の枝にぶつかりそうになる。

ゆったり!まったり! 50年まえに逃げた馬にまたがった二人は、
まさか象に乗るとは、誰が予測できたでしょうか。

そのあとバンコクにひきかえしますが、途中のレストランで昼食となり
ガイドのチャンさんはラーメンに似た麺類を注文しました。

半分ほど食べた時急にガイドはシュガーポットからスプーン1杯の砂糖を
めんつゆにかけて食べてしまいました。

沖縄の米兵がお米に牛乳をかけて砂糖をまぶして食べたという話を聞いたことが
有りますが、目の前のガイドの味覚の違いを、国や習慣が違うとこうも違うものかと
一同びっくり!

バンコクでは昨日のマッサージで2時間ゆっくりもんでもらい、
夜になってからムエタイをリングサイドで観戦、外国人は2000バーツ、
ちょっと高いが折角だからとリングサイドにじんどる。
当日のテレビでたぶん私たちの顔も映ったに違いない。



かくしてタイの旅は終わるのですが、現地のガイドに恵まれすばらしい旅となりました。

ガイドのチャンさんありがとう!
  

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2010年01月15日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその7

水上マーケット

バンコクから西へ80キロ、 ラーチャブリー県にある
ダムヌンサドゥアクの水上マーケットに行く。

従って朝8時発となり早めに朝食をすませる。実際には120キロ位走った感じ。

やがて田舎道(昔の58号線を思い出す)を西へ西へと走るのだが、道のわきでは
まるで沖縄のアイスクリンのようにパラソルの下で白い袋ずめの物を売っている。




米袋のように重ねられて売られているのは何と塩だった。
広大な水田に見えたのは塩田とのこと、内陸に向かう長距離のドライバー達は
きっとここでお土産に塩を買ってかえるに違いない。



バンコクは海に近いがこの道の北にひろがるラオスやカンボジアにとってこの
街道筋で売られている塩はいい土産になるのではないかと勝手に想像する。

やがて広場に到着し、つづく水路には舟が待っていた。ガイドとともに
1艘チャータースル。

ベトナムのメコンのジャングルクルーズと良く似ているが手漕ぎではなく
エンジンがついている。どの舟も乗用車のエンジンを改造してそのまま舟のスクリュウ
に直結したシンプルなエンジンだが器用に改造されている。

碁盤の目のように村中が小さな運河というかやっと船がすれちがうことができる
ほどの狭い水路でつながっている。
マーケットにむけすすむが渋滞が予想されたので迂回路に入るがそこも渋滞してきたので
岸でおろされ岸づたいに中央市場らしきところへ歩いた。





土産品とくだもの、あぶらであげた食材や汁物も売っているが、
いまいち衛生面が不安なのでがまんする。



もとの広場にもどると直ぐ近くに象に載せてくれるところがあるというので
そこへ移動する。

次回につづく

  

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2010年01月13日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその6

タイ式マッサージ

ことわっておきますがこれは正式な古式マサージなのであります。

料金は2時間で500バーツ(おばちゃん:マッサージ嬢のチップ込み)、
日本円でやく1500円、これが那覇にあれば週1回は通っているでしょう。

3畳位の部屋にY氏と私の二人が案内された。
相部屋で、マットが敷いてあり、中におばちゃん:マッサージ嬢が待機していた。

足の指1本1本丁寧にもみほぐす。
決してポキリポキリ、タイプの強引なマサージではなく、うとうとと眠りに誘い込む
ようなやさしいがしっかりツボを押している古式マッサージなのである。

午前中の徘徊した足の疲れをすっかりほぐしてくれた。
残念ながら写真はない・・・!

レストランシアター

腹も減ってきたので古典舞踊を見ながら食事となった。

沖縄でいうグジンフーにあたる踊りらしい
最初はこの踊りから始まるそうです。
指のしなりが美しい!



しばらくすると、また、ラーマーヤナの勧善懲悪的京劇風時代物となる。




こんどこの地を訪れる人はぜひラーマーヤナ物語を読んでから来られことを
おすすめいたします。


ニューハーフショウ

ここはニューハーフのメッカ 折角だからとチャンさんに頼んでおいたら予約してくれていた。
劇場はこのレストランシアターのすぐ近くにあった。

エンターテイメントに徹していて、前から3列目ぐらいに席をとりました。
あまり前にいますと舞台から降りた踊り子たちが引っ張り上げて舞台で一緒に
踊るはめになりそうです。

予想どおり2列目のおじさんがカモとなり最後まで舞台に引っ張られていました。





上背もあり,声量もあり、整いすぎますよね~!

だって、全員オトコ なのです。  

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2010年01月12日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその5

ワット・ポー  

40メートルにおよぶ黄金の涅槃仏がある寺院だが仏様はなぜか目を見開いたままで横たわっている。





したがって涅槃仏ではないかもしれません。ガイドブックには寝釈迦仏とあるが目をあけたまま寝るのもおかしい。私の知識の範囲では説明のしようがないのですが、現物を見ていますと、なにかゆったりとして
横たわっていて、休日に私がテレビをみながらこんなポーズをしているので親近感がわきます。


寺ばかり見たので気分転換に週末だけ開かれるという市場へ案内してもらう。

那覇の公設市場を10倍ぐらい広くした感じ。

なぜかペットの販売がおおい。爬虫類とか蛇だのワニが売られていますが、なかでも金魚が圧倒的に多いのにびっくり!金魚の次には子犬が各種売られています。







広場に出ると威勢のいいおにいさんがココアミルクらしきものを高々とそそぎ
往来の客の目をひく。


少々歩き疲れました。

夕方のニューハーフショウまではたっぷり時間もあるので
タイ式古式マッサージ店に案内してもらう。

次回につづきます。  

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2010年01月08日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその4

ワット・アルン

王宮をでてチャオプラヤー川の対岸に、目指すワット・アルンはそびえている。



有料だが渡し舟が頻繁に往来する。これに乗って対岸へ。

車付きの日本語が通じるガイドのチャンさんにめぐり合えてことに感謝しつつ
対岸へ渡る。



下から見上げる仏塔はかなり急峻で高くそびえ2層、3層と塔のまわりは
回廊となり上部までのぼることができる。

さすがの急勾配の階段に同行のY氏は辞退し、ひとまわり若いM氏は上まで
駆け上っていった。



手すりもあることからゆっくりと2層までトライする。
登りより下りがきつく、ひざがわらい、しばらくのあいだ太ももがピクつく!


ここからは先ほどまで居た対岸の王宮が見渡せます。




上部の回廊の壁には焼き物がはめ込まれていて、したから遠目に宝石がちりばめられた
ように見えるのはこのはめ込まれた陶器だったのです。

中国かそれともベトナムかどこかで見たような赤絵もあります。



このあと、また渡し舟でもどり涅槃仏の鎮座?するワット・ポーへ向かいます。

次回へ続きます。  

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2010年01月07日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその3

塔頭 そういえば伊江島にも イージマ タッチュウーがありましたね~!
方言の語源はそのへんから来ているのかしら?     横道にそれてしまいました。ガ-ン

ワットプラケオ

本堂にエメラルドで彫刻された仏像が安置されている。台座が高く遠目にしか見えない。
もともとラオスに有った物だそうですが、230年前にラオスに侵攻した時の戦利品だとか。
仏像の衣を年3回国王みずから取り替えるそうで、堂内は撮影禁止でかつ土足厳禁となっているため
詳細はおしらせできません。

本尊に敬意を払い、ひざまずいて禅宗式の額をぬかずいて拝礼したら、ガイドがびっくりしていた。


黄金に輝く仏塔 プラ・スワンナ・チェデイ





やたらキンキラキンの仏塔だが最下部で仏塔をささえる悪魔だとか袁神だとかガルーダ
など一度聞いただけでは理解しにくい。

ラーマーヤナの物語の世界なのです。


アンコールワットの模型


なんでこんなところに?
ガイドの話では
アンコールワットはもともとタイ(昔はシャムといっていた)が作ったもの、そのご属国である
カンボジアに占拠されてしまったとのこと。さきのワットプラケオとは逆の話となる。



壁画の修理


至るところにラーマーヤナ物語の叙情詩的絵画が登場する。



タイの踊りを観賞するにもきまってでてくる、勧善懲悪的表現になんとなく
理解できるもののストーリーを読んでない薄学のグランパにはちょっと難しい。


次回につづきます。  

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2010年01月06日

塔頭のそびえる国ーバンコクーその2

はたして来てくれるだろうか?
不安とささやかな焦燥のなかホテルのロビーで未だ見ぬ青年を待つ!

彼の名はチャンさん
インターネットで現地ガイドをお願いした。

ネットでは別の方をお願いしたのだが都合がつかず、代わりに紹介されたのがチャンさんなのだ。
事前に写真を送ってもらったが、なかなかりりしく、日本語ができるとのこと。

かの青年らしき人物がロビーをよぎった。しかし人を探すでもなくすぐに消えた。
しょうがない、A4サイズにプリントした写真を椅子の背にひっかけて待つ事にする。

さきほどの青年がもどってきて振り向いた瞬間、私も手をあげて合図した。やはり彼がチャンさんだったのである。

ひとなつっこく、インテリで、なかなかの好青年でした。
ついでに頼んであった9人乗りの自動車も運転手付きで待機していた。

どこに行きたいですか?しっかりした日本語に一同安心する。

とりあえず王宮、そして市場、昼飯は屋台でなど勝手に注文をだすが、彼はにこにこしながら
段取りをくむ。

今回の旅で一番心配していた現地ガイドがイメージどおりの方が来てくれて、だいぶ気が楽になった。


一路王宮へ





仏舎利を安置した黄金の塔頭に感動する。目のあたりにすると、やはり荘厳であり
かつ大きい。
インドに近い上に国民皆僧の仏教国であるから、ほんものの骨があるのではないかと想いたくなる




衛兵の行進

バチカン市国、台北など近衛兵の居る国をみてきたが、規律正しい行進に又感動!

今の生徒達は満足な行進ができない。
われわれの世代は運動会で団体で行進するときの作法を仕込まれたが
最近の運動会はまるでバラバラ。

  次回へつづく




  

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2010年01月04日

塔頭のそびえる国ーバンコク

台北経由でホテルに着いたらもう夜になっていた。

携帯は自動的に時差を変換して表示する(便利な世の中になっています、県内から私の携帯に電話すると
そのままつながります、逆もOKです)那覇とは2時間の遅れとなります。






今回はツアーからの食事はついていないので、近くの露天をのぞきながら、とある食堂にはいる。

だれも知らないから旅行者用に用意された写真のメニューから適当に注文する。

そこいらじゅう香辛料の匂いとアジア特有の外から勝手にはいってくる匂いにまぎれ
どこまでが食材の本来の匂いなのか限りなくファジーの中、   食してみる





春巻きにタイ米のチャーハンにチキアギーふうの魚のすり身のフライ
海外での最初の食材はいつもどぎまぎしながらおそるおそる口に運ぶが
なんとかやっていけそうな味でありました。

生水はご法度なのでビールを注文、タイ産のシンがでてきた。

翌朝ホテルからみえる景色は予想していたより
はるかに近代的な高層ビルが連立し高速道路が複雑に交差する。





ベトナムとは違うぞ!

隣接の国だから、中国やベトナムのようにオートバイと自転車の国
を勝手にイメージしていたが、かなり進んだ国なのだ。

バンコクの旅がはじまる!


  

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2009年12月04日

つわものどもの夢の跡  平泉

前日とは全く逆に東北自動車道を南下する。

平泉前沢を出ると中尊寺はすぐそこにあった。

前日まで暖かかったのでコートと手袋を宅配便で那覇に送ったのだが、
すぐに間違った判断であったことにきずく。

マフラーはしていたものの、背中からぞくぞくと寒さがのぼる!



竹やぶを右に回ったところに今回の目的でもあった金色堂が目に入る。

え~ッ!こんなところに!

もっと杉並木の奥の奥に石段をあえぎつつ登った先にお堂は鎮座しているものと
勝手に想像していたが以外にも車椅子でも行けそうな緩やかな坂之上に静かに
たおやかに建っている。




讃衛蔵にはいり歴代藤原氏の歴史資料を拝見したが、残念ながら義経に関する
資料はなかった。

丘をもうすこし下った所に関連の資料館があるはずだが、悲しきかな南国育ちの
私はこの時点で鼻水が出るしまつ。
もう一、二箇所、せっかく来たのだからと帰りの時間など計算するが、寒さの中では
いかなる智恵も無条件で降参するしか方法が無い!


あわてて、引返す事にする。

途中どこかでみたような銅像が立っていた。もうすこし演出した場所をきめればよいものを
藪の中にひとり立っているような不思議な出会いであった。



松尾芭蕉殿である。年は私より上かと思うがなかなかしっかりした足腰の強さがうかがえる。

いま、わたしにバックパッカーとして東京からこの地まで歩いて一人旅と想像すると、はるか
およばず、ただただ尊敬するのみである。



駐車場の近くに絵に描きたい衝動にかられる民家が飛び込んできた。

いつかこの景色を描いてみたい!

刈りとった跡の田んぼのあぜ道をそっとちかよりシャッターをきる! カシャリ!



民家の犬が不審者にきずきほえだした!  ごめんなさい!


平泉は世界遺産としての建築物より、柿の実がたわわに実るこの民家が一番の思い出となる。  

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2009年12月02日

東北の旅   盛岡

八戸とか大湊とか青森県には行った事があるが
宇都宮から先は私にとって未知の世界でありそれこそ
陸奥の地であり、はたして仙台と盛岡ではどちらがより
北にあるのか、おぼつかない、それほど縁のうすい岩手に
ひょんなことから立ち寄る事になった。

花巻温泉で一泊して一路東北自動車道を北へ盛岡をめざす。

花巻から盛岡まで、ざっと名護までの距離を想像していたが意外とちかかかった。

ひまつぶしにインターでコーヒを飲む。

インターのかなたに白い雪をかぶった山が目に入る。
すそが広く、まったりとした雄大な景色に驚きを隠せない。

岩手にこんなきれいな山があったなんて、自分の知識のなさを改めて知らされた。
長野の嬉野のようにはるかかなたに白馬連邦を見るのとはちがって、もうすぐそこから山がはじまっているのだ。

ホテルの最上階のロビーからより鮮明にみえてきた。
岩手山、2038mもあるそうな、冠雪のなだらかな
斜面が美しい。

街のなかを北上川がとうとうと流れる。



かなりの水量で流れもけしってゆるやかではない。
そう、かのちは石川啄木の里でもあるのだ。
山あくまで澄み渡り、水清くながれる。


  ふるさとの 

      山に向かいて言うことなし

  ふるさとの山は

      ありがたきかな     啄木






  

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2009年12月01日

とりかえばや物語?

今朝起きたら腰痛が再発していた。ぐすん

クシャミをしても腰にひびく。いよいよ旅の疲れが出てきたかと悩んだが、本当の原因が判明するには多少時間をようした。

メーカーに修理に出した電源ユニットがあがってきた。
梱包を解くのもどかしく、本体に組み込んでいく。



たった1個の耐熱型抵抗器が断線していた。

動作を確認して元の形に組み込んでアンテナをつなぐ。

OK!ヨーロッパの局がガシガシ聞こえてくる。ニコニコ

無線機とはこんなものなのです!たった1個の部品が不良になると
ぜんぜん使い物にならないのです。



修理代にかなりとられたが活きがえったからまあいいか・・

私は立ったまま約2時間ほど重い無線機を縦にしたり、横にしたり
かなり無理な姿勢で作業をしたに違いない。
たぶん痛かったはずだが夢中になって忘れていたに違いない。




今朝は車に乗るのもしんどい。

とうとう行きつけの鍼灸医にいくはめになってしまった。ガ-ン

部品は取り替えれば元にもどるが、
人間も悪いところがパーツとして交換できればよいものを、

あ~ぁ! とりかえばや!


腰の痛みもいくらか軽くなったので、このブログを書いていますが
書いている途中で無線機のスイッチを入れたら、又壊れていた・・・・ぐすん

古いものはやはりダメか~・・・・   つらいね~
  

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2009年11月20日

今年の味は?

少し渋みがのこるね~!
そうかい?去年に比べて少し甘口じゃないかい!??

所詮ワインの鑑定などできるはずもない酔っ払いだが
いきつけのスナックが10周年の案内があり駆けつけた
カウンターでの二人の会話です。

昨夜はボジョレの解禁日でもありました。

友は泡盛に移り私は久しぶりにサントリーロイヤルの
オンザロック・・・・

やがて手に手に花束をたずさえた常連が入ってきた。

手ぶらで来てしまったわれわれ二人はカウンターの隅で
多少のきまずさを背負いつつグビリグビリとすすむ。

やがて特別にママが手配した音大出のバイオリン弾きがやってきてにわかに生演奏つきのスナックとなって、クラシックから北欧の民謡などなど、きかせてくれた。

あの小さな箱のなかからどうしてあんな音が出るのかふしぎでならない。

彼女の指は細く長くしなやかに、かつ迅速に動き、とても人間わざとは思えないほどこまやかにはねるのでありました。

帰りに彼女と握手したのですががマシュマロのようなあたたかくやわらかい手のひらでありました。


  ブイオロンの
     かなでる隅で
        ボジョレかな  

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2009年11月19日

しーぶん(おまけ)

急に魚汁が食したくなった!
泊まりのイユマチはすこし飽きたし、糸満は殺風景だし。

そうだ!奥武島へいこう!電球 びっくり!
というわけで久しぶりに奥武島へ。

カーナビにセットして(実際の道順は百も承知だが)カーナビの指示通り運転したら、畑道を誘導されやがて目的地に着く。



のどかな海日和!サバニのわきではオバサンがなにやら見慣れぬものをほしている。
さめ肉の一夜干しだそうなびっくり!

向かいの店で売っていて試食させてくれたが買うほどの勇気が無い。

汁用のシチュウマチの尾頭付きぶつぎりを買う!
ついでにアカマチのさしみも1セット、会わせて千円。

やはり安いのです。となりの店でテンプラも買う。

ここでは魚を買うとしーぶん(おまけ)包みをそっと
渡してくれる。中身を聞いてはいけない。
店と客の暗黙のルールなのである。

うちに戻って包みを開けたらとれたてのモズクだった。

サシミに魚汁にモズクにビール!
やはりしあわせなのだ!。


  

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2009年11月17日

城下町散策

首里城友の会から、首里殿内(どんち)回りの案内があって参加して参りました。

首里城の見晴台からのスタートですが城下の王子や親族の住居跡を探索する企画です。

那覇の街も立派な都会になりました!!





個人的にも中城殿内に興味があり参加したのですが、いまは首里高校のグランドになっていて
当時をしのぶものは有りませんが、しかし県立図書館所蔵の屋敷の絵図が紹介されて、私にとっては
たいへん有意義な一日となりました。

金城町の村屋(むらやー)で解散となったため坂上のバス通りまで坂を上ったのですが、”この
路はいつか来た路”そう15年ほどまえに水彩画に描いたポイントでした。





絵葉書などでは上からの景色を紹介していますが、わたしは下から見上げたアングルが好きです。  

Posted by グランパ at 10:28Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2009年11月09日

ギブアップ

台風も過ぎてほっとしたところに又別の台風がやってきた。
下げたアンテナ(7.14 DUO 4EL 八木)をもどしたところに
又やってきたから多少頭にきている。 あかんべー

それでも直撃をまぬかれたので今年はこれで台風とのおつきあいもおしまいと見て、
アンテナをもとの位置にもどす。(手動ウインチ式エレベーター)

午前中、国内の通信に数局と交信して異常がないことを確認して、昼食後に無線機の
メインスイッチを入れたら作動しなくなってしまった。????びっくり!

電源コード、フューズとも異常なし、蓋をあけ電源ユニットを点検、AC端子のON-OFF
確認できたが出力がでない?



マニュアルを調べてみたら、その箇所はブラック ボックスになっている。よほど企業秘密
にかかわる回路らしくなにも記載されていない。

スイッチングレギュレータによる電源なのだが接続図なしでは万事窮す!



あ~あ!メーカー送りを決断せざるをえないのだ。


今朝メーカーに送った。


  

Posted by グランパ at 14:39Comments(0)TrackBack(0)アマチュア無線

2009年10月22日

落ち葉にしみる蝉の声

先日植えた種無しシークヮーサーが気になったので、見にいってきました。
土地が合っているのか、台風で適当に雨が降ったこともありしっかり根ついていました。

吹き溜まりは茶色と焦げちゃの落ち葉でいっぱいですが、耳をこらすと一帯は蝉時雨といいますか
夏の蝉のように激しさは無いのだが庭のあちらこちらで鳴いています。
那覇からわずか80キロしか離れていないこのヤンバルの地は蝉の大合唱です。

なき方にくせがあって鳴く間隔を収束さていく独特の鳴き方なのですが那覇では見かけることがありません。なにはともあれ那覇ではもう蝉など鳴かないのです。


寒い地方の方はきっと信じがたいことでしょうが写真を貼り付けますので見て下さい。



また、このじきの秋の急を知らせるような鳴き振りに、この蝉を見つけると首里の禅堂の木版(座禅の開始を知らせる板)を思い出すのである。
木槌で打ちながら間隔を収束させるのだが夕闇せまる(7時に打つ)下町の那覇にこだまして響き渡り、ここで日常の生活とのON-OFFの切り替えをする合図として打ち付けたものです。

声はすれどもなかなかその姿を捉えることが出来なかったのですが、しばらく努力して見つけたのは庭の黒木の50センチほどの高さに止まっていました。孵化したばかりか、飛び立つ事ができず木の反対側かくれようとします。


枕言葉としての空蝉(うつせみ)とは良く言い表したもので、この蝉が過ぎると沖縄にも冬がやってきます、ほんの束の間の青春を謳歌するのでしょうが、なんで今頃よ・・・皆がいる夏に鳴けばといいたくもなるが彼らにはそれなりの理由があるのでしょう。

話は変わりますが、ゴールデンシャワーに種がぶらさがっていました!
マメ課の植物なのでしょうか?おおきいのは70センチほどあります。

  

Posted by グランパ at 15:18Comments(0)TrackBack(0)隠れ家・無無亭

2009年10月20日

知床旅情

サロマ湖のほとりの魚介類直売店のすぐ裏に咲いていたのです。
プチトマトぐらいですが、いちごのような葉っぱです。???

だいぶ前の事ですが、沖縄が海洋博覧会でにぎわっていたころ、
松山に(那覇の社交界)ロトンドという高級クラブがあった。

ホステスさんが常時15名ほどいて、沖縄の経済界の知名士はほとんど
この店で会えたものです。
奥にグランドピアノがあり、いまほどカラオケが流行っていない頃ですから、
接待の客にほろ酔い加減の内に歌でもひとつとホステスとぐるになって、
けしかけるのだが、そうかといってピアノの前に立つ客はまずない。

客に歌ってもらうには最初に私が歌うはめになる。ガ-ン

初めて良いですよ!
天才的なピアニストは歌い手のキーにあわせて高さも早さ加減も
すべて合わせてくれた。

歌は加藤登紀子の知床旅情。

知床の村にもハマナスの咲く頃・・・・音符オレンジ
と始まるこの歌をこれまでに何度この歌詞をくちずさんだか計り知れないが、
未だ見たことが無かったのである。


同行のもと校長先生”これは ハマナスです!”
さすが元先生一発で明確にさも自信ありげに教えてくれた。



  

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2009年10月14日

12勝12敗12引き分け

ギネスものの大綱挽き、 那覇祭りが今年もやってきた。
この日のために旗頭の持ち手である若者達は2ヶ月も前から練習するのです。
今回も久米の旗頭を紹介しましょう。

40キロほどあり、しかもトップ荷重なので習熟しないと持てないのである。
今日はその若者達の晴れ舞台なのだ。

旗頭は近くの公園で安全祈願をして会場の牧志公園に移動する。



国際通りでのデモンストレーション。



ところどころで空手の演武、
カナダから来て修行中のM嬢とその師匠による模範演武です。きまってますね~!



戦い済んで日が暮れて!今年は引き分けとなり12勝12敗12引き分けとなりました

若い人達はさすがエネルギーが未だ残っていて、この後の反省会会場(後ろの
明かりが点いているホテル)に来年の夢を託して、ハイッ! ポーズ!

  

Posted by グランパ at 10:31Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2009年10月01日

初めての琉装  in 孔子祭(クーシウマチー)

今年も孔子の生誕を祝う孔子祭(クーシウマチー)が9月28日(月)に無事
執り行われました。正式には釋奠(せきてん)といいますが、中華系の世界中で
この式典が行われます。台湾では公休日に指定されて、台北では市長が執り行います。

今年は平日となったため、参観者の数がきになったのですが、昨年の倍ぐらいの
観客のなか無事終了しました。

今年は明治初期の写真にもとずき実行委員は琉装にて参拝することになり、そのせい
だとおもいますがカメラマンが多数参列されました。

はじめての琉装!
以外にはちまき(かんむり)は硬く、ターバンのようにひら帯をぐるぐる巻きにした
形状ですが,位により色が指定され、わたしは黄色の冠でした。親雲上(ぺーちん)の位です。
祭主(紫の冠)を案内する介添えの役でした。
時計も眼鏡もはずすように指示が出て目を細めています、はいッ!



本来下駄ですが今回は間に合わず雪駄で代用。
帯が特殊で角帯を2倍にひろげたような広い帯ですが、今回あらかじめ結んだ形をマジックテープ
で固定するワンタッチ形式の帯です。

着物は絽になっているのでさほど暑くは無いのですが階段の上り下りにはかなり気を使いました。

和式の着物のように着流しですが刀をささないので帯が幅広く位によって残りの帯を右腰に
ぶら下げるのですが、少し動きが不自然になります。
何かさしたくなりますが、ここは平和な邦ゆえの、刃物なしのまるごしなのです。

開始まえにうつしてもらいました。あまりモデルはよくないのですが、
まあ、見てやってください。  

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2009年09月30日

種無しシークヮーサー(ヒラミレモン)

ひょんなことから新種の種無しシークヮーサーの苗木が届いた。 ニコニコ ふたば

みかんどころの隠れ家”無無亭”に植えることにする。

ギックリ腰は直りかけているものの未だ無理はできないので
おっかなびっくり、へっぴり腰で穴を掘る。



実が取れるには少々年月を要するが、なにはともあれ種無しの新種なのだ。
早く大きくな~れ!

ヒンプンの柿の木の枝が伸びすぎてウザイので剪定する事にする。





違いがわかるかな~! 左側を切りすぎたかな~!! ムカッ



切り落とした枝には実がついていたので那覇に持ち帰り花瓶に生けてみたが
いまいち美しくない。    

Posted by グランパ at 11:08Comments(0)TrackBack(0)隠れ家・無無亭